2009年07月15日

196.求め合う二人

市内を走るトラムが坂を上りきり、停車した駅から歩いて10メートルくらい先を、右手へ入った少し高台の道路に面した5階建てマンションがナンシーの住まいであった。
この付近一帯は、チューリッヒの中心街に位置するので、ホテルや瀟洒なマンション、高級住宅などが建ち並んでいる。
中心街の会社勤務には好立地であるから、海外からの駐在員などにも好評なのであろう。
もしかしたら美樹もこの辺りに住んでいるのかもしれないと、真人は思った。
マンションに入口のところで、ナンシーは「ここよ」と言って立ち止まった。
「会社までは近いから、通勤には便利なところにあるのですね」
「そうなのよ。朝は歩いて通っているの。下り坂でしょう。会社まで15分くらいで行けるからね。でも帰りは電車にしているの」

部屋に入ると、ナンシーは真人に抱きつきキスをした。
真人は思わずナンシーのからだを抱きしめた。
ナンシーの甘いからだの香りがする。
唇を合えせると、真人はナンシーの甘く柔らかな唇を吸った。
ナンシーは、舌を差し込んできた。お互いの舌を絡め合い、二人きりになった喜びをかみしめた。

ナンシーと真人が、初対面直後からお互いに感じていたものがかみ合い、期待していた時間が訪れたのである。
真人はナンシーの美しく魅力的な顔立ち、大きく豊かなからだに一目惚れしていた。
ナンシーも真人の逞しさと誠意ある態度から、好意を感じていた。
男と女は、会ったときの印象が大きく左右する。
以心伝心で、気持ちは伝わっていくものである。
真人とナンシーがまさにその通りの関係になっていった。
お互いの求めるものが自然とつながったのである。
どちらかが強く誘いをかけたわけではない。
自然の成り行きなのだ。
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2009年07月14日

195.通じ合う心

食事をしながら、ナンシーは真人の家族のことを知りたいと言った。
真人は、両親を亡くしひとりになったときまでのことをナンシーに話した。
隠すことは何も無い。真人は、いつでも、誰とでも、ありのままの自分をさらけだすようにしている。
ナンシーは、真人の話を聞きながら、驚きを隠せない表情になり、話し終わると、言葉を詰まらせた。
そして、「初めて会ったときから、明るいあなたの表情には、一人でいるかげりは全く感じられませんでしたので、幸せな家庭を想像していました」と言って、真人の手をつかんだ。
ナンシーは、真人にいくつかの質問をしてきた。
真人は、ナンシーの質問に応えながら、ゲームソフトの開発や会社設立までの経緯を話し、周囲にいる人達の温かい支援で、生活してきたので、孤独感に陥ったことがないことを伝えた。
ナンシーは、大きく呼吸して頷き、食事がすんだら、わたしの住まいに来てくださいと言った。

食事を済ませると、ナンシーは、
「私の住まいはこの近くなのよ。電車で5分のところです」
と言って、真人を誘った。
「行っても本当に良いんですか?・・・」
「良いのよ、来ていただきたいのです。ここでは、周りが賑やか過ぎて、落ち着かないわ。家でゆっくりお話しをしたいの。・・・」
「それでは、わたしもあなたと、ゆっくり話したいことがありますから、よろこんで伺います」
「あなたのこともっとたくさん知りたいし、あなたも私のこと知りたいでしょう?」
「知りたいです。沢山、・・・」
「いいわ、あなたにわたしの全てを知ってもらいたいわ。何もかもよ、・・・」
「?・・・・・」
真人が口にしようとした言葉を遮るように、ナンシーは潤むような目で「分かったわね」と合図してきた。
真人は、目で頷き、ナンシーの誘いに応えた。
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2009年07月13日

194.気持ちを確かめ合う

チューリッヒの駅前通にある大きなレストランに入り、何を食べるか、ナンシーはメニューを見ながら真人に相談した。
真人は、肉と野菜類のバランスのとれた料理を食べたいと、ナンシーに応えると、ウェイターを呼んでナンシーの食べたいものと一緒にオーダーしてくれた。
湿度が低いとはいえ、夏の暑さは格別である。
真人がビールを飲みたいと言うと、ナンシーも真人の要望を待っていたかのように、ビールもオーダーした。

ナンシーは、奥山美樹と真人が訪問して決った仕事の進捗状況を話した後、今日会って話しをしたかったことについて、美しい声で語り出した。
「わたしの家族は、みな観光関係の仕事に就いているのよ。父はウィーンの観光局に勤務する管理職ですし、母も旅行会社の管理職に就いているの。そしてわたしが鉄道会社の観光部に所属しているでしょう。妹のメアリーはフランスの旅行会社に勤務しているのよ」
「皆さん、国際社会で活躍されているのですね」
「実はね、将来は家族で観光関係の会社を立ち上げる予定なの。そのための準備をしているところに、サエキさんとお会いして、観光関係の動画配信の素晴らしい会社を知ることが出来たから、とても幸運だと思ったの。あなたの会社と提携してお仕事が出来たらと、考えたのよ」
「そうでしたか、それでは、ナンシーさんのご家族が進めれれている計画を、是非ともお聞かせ下さい」
真人がそう応えると、ナンシーは、喜びを隠しきれずに、表情豊かなジェスチュアーで胸に手を当てながら、満面の笑顔を向けてきた。

真人にとって、ナンシーの父がウィーンの観光局にいることは、これからオーストリアですすめる鉄道会社との交渉を有利に進めることができる。
K社の山形と進めてきた鉄道会社の交渉は順中であるが、まだ一部であって、今後もその他の会社との交渉が残されている。
電鉄会社の多くが国鉄であることから、観光局の後ろ盾があれば、今までよりも素早く進展させることができるからありがたい。
ナンシーの話を聞いていると、なるほど真人の会社との連携が、より大きな効果を発揮することが出そうだ。
真人は、ナンシーから一通り話しを聞いてから、
「お話の内容は、良く分かりました。この先、出来るだけ早い時期にあなたのご両親とお会いして、具体的な行動に移したいです」
と応えた。 
「良かったわ。早い方がいいわね。来月のあなたのご予定をお聞かせ下さい。わたしたち、サエキさんの予定にできるだけ合わせるように、家族で相談しますから、・・・」
真人は、手帳を出して来月の予定を確認しながら、ナンシーに予定日を知らせた。
「それでは、9月の第二土曜日と言うことですね。早速家族と相談してご連絡します。遠方から来ていただくので、恐縮です。学校の授業が始まるのでお忙しいでしょうが、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。あなたからの提案、とても有難く、うれしいです。これから長いお付き合いになりますから、お互いに遠慮なく何でも率直に話し合って行きましょう」
「そうおっしゃっていただくと、わたしもとてもうれしいです。・・・これから長く密度の濃いお付き合いをしたいです」
ナンシーは、口を吐いて出た言葉の恥じらいを打ち消すかのようにビールをぐいと飲んだ。
真人も、ナンシーの「密度の濃いお付き合い」の意味を深読みした照れくささをビールで飲み込むと、爽やかな気持ちになった。
真人とナンシーは、目と目で頷き会ってお互いの気持ちを確かめた。
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2009年07月12日

193.再会を喜ぶ

チューリッヒ駅で下車すると、改札を出たところでパトリシアが仲間に声をかけて、真人と一緒に全員で写真を撮ろうといった。
通りがかった人に声をかけて、駅前に出たところで全員の写真を撮り、真人のカメラでも撮った。
そこで、真人はパトリシアたちと別れた。
パトリシアたち仲間は、パトリシアの一声で全員が協調して動いている。
パトリシアがツアーの幹事なのか、それともパトリシアのリーダーシップが全員をまとめているのか、真人は駅構内から遠ざかっていくパトリシアの後姿を見ながら、その行動に関心を抱いた。
そして、大農場で多くの人を使い経営している両親の姿を長年見ているパトリシアが、自然と身につけた人身掌握術なのかもしれないと思った。
真人に対する気の使い方にも、パトリシアの気配りが働いていることを知った。

やがて、ナンシーがやってきた。
少し離れたところからナンシーは、手を高く上げてニコニコしながら合図して近付いてきた。
真人も手を振って応えた。
「また会えてよかった」
ナンシーは、そう言って真人の腕をつかんだ。
「そうな、また会えてうれしいよ。ナンシー」
「良いお店に案内するから、早くそこへ行って、お話ししながら、美味しいものを沢山食べましょうね」
「ナンシーと一緒に食事ができるのは、うれしいよ」
「わたしもよ、ちょうどいい時間に到着してよかったわね」
「そうだな、実は、一人で食事をするのは寂しいと思っていたんだよ。だから、ナンシーから連絡があったときは、うれしくて、思わず声を上げそうになったよ」
「そうだったの、良かった」
駅前広場には、観光客らしい人並みが揺れ動いている。
チューリッヒ空港が近いこともあって、大きなバッグを持つ人が多い。
パトリシアたち5人のメンバーは、すでに姿を消していて、広場のどこにも見当たらない。
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2009年07月11日

192.うれしい誘い

パトリシアは、育った家の家族のことがさまざまな形で甦ってきた。
両親と姉妹が揃った家庭の恵まれた環境で、幸せに育ったパトリシアは、真人の境遇にどのような言葉をかけたらいいのか分からない。
慰めの言葉をかけるには、あまりに真人は立派な大人に見える。
でも、ひとりで生活するよりも、温かな家族のなかで生活したほうが精神的には、良いに決っている。
「マサト、今何年生なの?」
「2年生、だから卒業まで、あと2年あるんだよ」
「そうか、・・・卒業するまでは、離れられないわよね。・・・我が家に来て欲しいけど、・・・」
「そうだな、ありがたい誘いだけど、今は、無理だな」
「そうよね、わかったわ。・・・」
真人も、パトリシアも、一瞬言葉が途絶えた。
パトリシアは、仲間の一人に声をかけ、真人と二人の写真を撮らせた。
真人もカメラを出し、パトリシアと並んだ写真を撮ってもらった。

そのとき、ナンシーからメールが届いた。
ナンシーは、真人に「今どの辺りにいるのか」と聞いてきた。
真人は、「もう間もなくチューリッヒに着くところだ」と返信した。
すると、ナンシーから「それなら、これからチューリッヒ駅に行くから、駅構内の旅行案所前で会いましょう」と、返事が来た。
そして「昼食を一緒に食べたい」と付け加えてある。

以前、ナンシーとは、その日の午後1時に会う約束をしていた。
会う場所は、ナンシーが決めたカフェであったが、昼食を一緒にする話はしていなかった。
真人のチューリッヒ到着時間が、そのときは確定していなかったからだ。

「わたしは、チューリッヒで降りますが、あなたたちは?」
真人はパトリシアに問いかけた。
「わたしたちも、チューリッヒで降ります。そこで食事をした後、市内観光をします。一緒に食事をしませんか?」
「実は、仕事の関係で会う人と打合せをすることになっているのです。ご一緒できなくて残念です。どうぞ楽しいご旅行を続けてください」
真人はそう応えた。
「分かりました。・・・わたしたちチューリッヒに1泊します。もしお仕事が済んで、お時間が取れるようでしたら、もう一度お会いしたいです」
パトリシアは、熱心に誘いをかけてくる。
真人の会社の仕事に、パトリシアは関心を持ったのだ。

真人は、ナンシーとの話にどのくらい時間がかかるか予測がつかない。
ナンシーは、個人的に相談したいことがあるから、時間を作って欲しいといっていた。
奥山美樹と鉄道会社の観光部を訪問して打合せをした後、同席したナンシーから帰りがけに呼び止められて持ちかけられた相談の時間である。
ナンシーと別れた後は、奥山美樹と会うことになっている。
その時間は、決めていないが、おおよそ18時頃と話してある。
それまでの間に、時間が取れるかもしれないと、真人は考えた。
「そうですね。わたしも、もう一度あななたたちとお会いしたいです。仕事の打ち合わせが済んだら、連絡しますので、そのときにお会いする時間と場所を決めましょう」
真人は、そうパトリシアに応えた。
「ありがとうございます。お待ちしていますので、よろしくお願いします」
パトリシアは、嬉しそうな笑顔を向けてきた。
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2009年07月10日

191.家族のこと

パトリシアの3人姉妹の上2人は、大学を卒業してそれぞれに会社員の家に嫁ぎ、
「末っ子のわたしは、両親が離したくないらしいのよ」と、笑いながら話をしてくれた。
「わたしの家は、大農場を経営しているのだけれど、誰も跡を継ぐ人がいないから、わたしに養子を貰いたいと言っているの。でも、わたしは農業をやる気はないの。小さい頃から手伝ってきて、もう十分だと思っているの。だから、シカゴで就職したら、そこでいい人を見つけるつもりなのよ」
そう言って、パトリシアは笑った。
「そうか、それではお父さんがっかりしているだろうな。諦め切れないのじゃないかなあ」
「そうなのよ。今回この旅行のことを話したら、誰でもいいからいい人見つけて、連れて来いって言うのよ」
「お婿さん候補か・・・」
「あなた如何お、・・・」
「行ってみるかな、・・・」
「え?・・・本当にその気あるの?」
パトリシアは、真剣な眼差しになった。
「でも、わたしじゃあ、勤まらないだろうな」
「大丈夫よ、あなたのからだなら大丈夫、十分やっていけるわ。強靭そうなからだしているもの。本当に来てくれるの、そうしたらわたし考える」
冗談に言ったつもりが、パトリシアは本気にしたらしく、その真面目な顔に、真人は些か戸惑いを感じた。
しかも、出逢ったばかりの真人を受け入れると言うのだから驚いた。
「でも、始めたばかりの会社を投げ出すわけに行かないな」
真人は、やんわりと冗談を打ち消した。
「そうでしょう、そうよ、それは出来ないわよね。・・・ぬか喜びだったわね」
「ごめんな、期待を持たせて、・・・」
「いいのよ、それよりも、わたし、あなたの会社で採用して欲しいわ。お話ししていたら、あなたと仕事をしたくなってきたの」
「パトリシアの明るい性格は、わたしの会社の仕事に向いているな。帰ったら、アメリカ担当の仲間とよく相談して連絡するよ」
そう言うと、パトリシアは携帯番号、メールアドレスなどを教えてくれた。
パトリシアは、農場の名前も教えてくれた。
「あなたは、農場に関心ありそうだから、一度来てみない?」
そう言ってから、
「でも、来たら帰れないかもしれませんよ」
笑いながら真人の顔を覗き込んだ。
「強制労働させられるのか?」
真人が、冗談を言うと、「まさか、・・・」と言って、真人の脚をポンと叩いて笑った。
「父も、母も、あなたを一度で気に入ってしまいそうなの。だから、帰してくれないかもしれないのよ」
「そうか、それは嬉しいな。ますます行ってみたくなったよ」
「来てください。農場と言っても近代化しているから、働きやすいところよ。荒くれ男などいないから大丈夫よ」
「それで安心したよ。働きが悪いと言って、鞭で叩かれたら如何しようかと思ったよ」
二人は、顔を見合わせて笑った。
「家は広いから、あなたは、そこで動画配信の仕事をしていてもいいのよ。パソコン1台あれば、仕事が出来るのでしょう?」
「そうだな、手にマメができるような作業をやらない限り、仕事は出来るよ」
「簡単な作業は沢山あるから、少し手伝えばいいのよ」
「そうしているうちに、次第に農場の仕事に嵌まり込んでいくのを期待されるんだろうな」
「わたしの両親は、人の使い方が上手いからね。その可能性はあるわ」
「パトリシアは、正直だな」
真人は、パトリシアの素直な性格が気に入った。
パトリシアと話をしていると、育った家庭の雰囲気が手に取るように分かる。
真人は、パトリシアの家族に会いたくなってきた。
「あなたの両親は、どんな人?・・・知りたくなってきたわ」
パトリシアも、真人に関心を示し家族のことを知りたがった。
少し躊躇いながら、真人は小さい頃のことから、ひとりになったころのことまで話した。
「まあ、何てことでしょう。・・・」
パトリシアは、しばらく真人の顔を覗き込み、言葉をなくしている。
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2009年07月09日

190.観光客との出会い

ベルン駅では、観光ツアーらしき乗降客で賑わい、車内を行き交う楽しい会話の声で真人はすっかり目が覚めてしまった。
仲間数人で乗り込んできた若い女性のひとりが、真人の隣の席を指して「空いているか」と聞いてきたので「空いていますから、どうぞお座り下さい」と言うと、にこやかな笑顔を向けてきた。
どこから来たのか聞いてみると、アメリカのシカゴから来たシカゴ大学の学生だと言う。
「シカゴ大学と言うと、今の大統領が教員を勤めた学校ではないのか?」
「そうです。良くご存知ですね」
それで、すっかり打ち解けて、話しやすくなった。

真人は、アメリカの学生は、何年生のときから就職活動をするのか聞いてみると、もう既に活動中だと言う。
「でも、景気後退で何処も採用人数を抑えているから、就職するのはなかなか厳しい状況です」
「どのような分野の企業への就職を目指しているのですか?」
「銀行・証券・保険の金融分野を希望しているのですが、もう絶望的です」
「シカゴは、メーカーが多いのではないですか」
「アメリカ全体の経済不振による影響で、製造業が衰退した時期がありますが、現在シカゴ近郊では半導体や電子機器、輸送機械などの産業が地域経済を支えています。でも、都心部は全米における商業、金融、流通の中心地として、その地位を保っています」
「専門は、何ですか」
「経営です。・・・ところで、あなたは会社員ですか、それとも学生ですか」
女性は、真人に質問をしてきた。
「学生ですが、動画配信会社を立ち上げて、世界展開を図っているところです。仲間が夫々の地域を担当して、わたしはヨーロッパ全域を回っています」
そう言って、真人は名刺を渡した。
「一度、わたしの会社のサイトを見てください。そうしたら、理解していただけると思います」
それから、真人は会社の内容を概略説明した。
モバイルホンでも見られますか?」
「見られますよ、ご覧になってみてください」
そう言いながら、早速手にしたモバイルホンでサイトを見ると、その女性は、大きな声を上げて仲間を呼んだ。

仲間が数人集まって女性を囲み、動画に見入っている。
「好きな音楽も聴けますよ」
真人が声をかけると、女性の好きな曲をダウンロードさせ聞き入った。
集まった仲間がみな、口々に「素晴らしい」と言って、感心している。
隣の席の女性が、皆に真人を紹介し、会社のことを話した。
真人は、全員に名刺を渡した。
仲間の一人は、「あなたの会社は、アメリカで社員を採用する予定がありますか?」と聞いてきた。
「あります。応募をご希望でしたら、お帰りになって、まずわたしの会社の概要をご覧になってください。そして、わたし宛にメールを下さい」
皆、真人の名刺を見詰めながら、納得顔で夫々の席に戻っていった。
それから、隣席の女性と会話が弾んだ。
パトリシアというその女性は、インディアナ州北部のロチェスターに家があり、家は代々農場を営んでいるのだと言う。
でも、シカゴ市近郊に位置するため大都市圏の一部になっているから、最も人口が密集しているところだと言う。
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2009年07月08日

189.新たな構想

真人は、スーザンと過ごしたときを振り返えり、物思いに耽っていると、適度な電車の揺れも手伝って、何時しかうとうとと眠気がさしてきた。
昨夜は一睡もせずにスーザンを抱き続けた疲れから、睡魔が真人のからだを襲ったのだ。

電車が止まり、車内の乗客が慌しく動く気配に目覚めると、ベルン駅に到着していた。
スーザンと過ごしたベルンの町の景観が甦ってきた。
(スーザンが搭乗した飛行機は、大西洋上のどの辺りを飛行しているだろうか)
真人は、ふと機内のスーザンのことを思った。
ジュネーブを発つとき涙を流していたスーザンであるが、持ち前の明るさが戻り、帰宅するうれしさを噛み締めているかもしれないと、真人は思った。

スーザンが住むサクラメントを拠点に、アメリカの西海岸一体を動画サイトに取り入れるため、どのように仕事を進めていくか、真人の頭の中は、そのことで動き出している。
この地域全体をカバーするには、スーザン一人の力に頼っていては、スピードを重視する真人たちの経営戦略を推し進めることは難しい。
スーザンの両親に早く会って相談する必要がある。
幸い、アメリカ人には、「未開のフロンティア精神」が息づいている。
真人の会社が進めている動画サイトは、まさに未開分野を切り開くものである。
軌道に乗るまでは、かなりアナログ的な動きになることは否めないが、それでも、新たな分野へ果敢に挑戦し、将来の発展可能性にかける真人達の考え方は、スーザンの両親に理解され、必ず賛同してくれると信じている。
スーザンの家族を通して、人脈を広げる新たな構想で、真人の頭の中は活発に動きだしている。
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2009年07月07日

188.アシスタント候補

キャロラインは、スーザンに家族の話しをしながら、スーザンの気持ちを落ち着かせようと気を使っている。
「妹は二つ年下、ロサンゼルス保険会社に勤めているの。今回の金融危機の影響で大勢の社員がリストラされたそうだけど、妹はリストラの対象にならなかったのよ。喜んでいたわ。失業者がたくさんいるから、今は再就職が難しい状況ね。でも、わたしは焦らずに新しい職場を探しているのよ」
「厳しい時代になったわね」
「スーザンは、2年後に卒業でしょ。その頃までには、経済も回復しているでしょうから、今から心がけて準備しておけば大丈夫よ。でも、これから引き受けるその会社の仕事が軌道に乗れば、ずっと続けるつもりなんでしょう?」
「そうなの、その会社はとても順調に伸びているし、将来有望な会社だから、卒業後も続けることにしているのよ」
スーザンは、キャロラインと話していると漸く気持ちが落ち着いてきた。

機は水平飛行に移り、大西洋上をアメリカの東海岸に向けて順調に飛行していると、機長のアナウンスがあると、乗客の間で寛いだ会話が始まり、機内の雰囲気が変わった。
声を落として話していたキャロラインもトーンが上がり、つられてスーザンも元気を取り戻した。
スーザンは、キャロラインの質問に応えて、真人の会社のことを詳しく話した。
「将来が楽しみな会社ね。とても興味がわいてきたわ。社員を増やす計画があるようなので、わたしサエキサンに会ってみたいわ。あなたから、話してもらえるとうれしいのだけれど、どうかしら?」
「良いわよ、相談してみる」
真人は、これから先、スーザン一人では仕事をこなしていけないから、良い人がいたらアシスタントを見つけなさいと、言われたことを思い出した。
キャロラインは、スーザンより年上で社会経験もあるから、アシスタントと言うわけには行かないかなと、スーザンは思った。
でも、真人はあくまでもスーザンの存在を最重要視し、拠点作りを進めていくであろうと、確信している。
「サエキサンに相談するとき、あなたのキャリアシートがあると話しやすいのよ」
「わかったわ、帰ったらあなた宛に送信するから、よろしくね」
キャロラインは、「よかった」と言って、スーザンの手を握り締めた。
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2009年07月06日

187.涙が止まらない

スーザンは、真人と別れた寂しさから機内で、暫く眼を閉じ過ぎ去った時間を振り返った。
機が空港を飛び立つと、スーザンは眼下に広がるスイスの街並みを見詰めた。
山に囲まれたジュネーブの町が、レマン湖が、次第に遠ざかって行く。
真人と過ごした街や山が、スーザンの涙を誘った。
スーザンは、次第に小さくなっていくスイスの町を見下ろしながら、真人が乗った電車の姿が見えないか、夢中で探した。
しかし、スイスの山や街は、薄い雲の下に隠れてしまった。
そして、飛行機はやがてスイスを離れ、フランスの上空に差し掛かっている。
止めどもなく流れる涙を拭いながらスーザンは、何時の日にか再びこの地を訪れたいと思った。
真人と一緒にまたスイスの山を歩きたいと思った。
「如何されました、大丈夫ですか?」
泣き続けるスーザンを、隣席の女性が慰めるように声をかけてきた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
サンフランシスコへ行かれるのですか、それともお帰りになるのですか?」
「サクラメントへ帰るところです」
「あら、わたしもサクラメントへ帰るところなのよ」
「まあ、そうですか、偶然ですね」
休暇を友人の住むスイスで過ごし、帰るところだというその女性は、建設会社に勤務する25歳のビジネスウーマンである。
名刺を貰ったスーザンは、キャロラインと直ぐ親しくなった。
それから、二人は話が弾み、スーザンはいつもの陽気さを取り戻していた。
「わたし、今度のサブプライム問題が起きた影響を受けて、失業中なのよ。だから再就職活動も大事だけど、気分転換に旅行を楽しんできたの。その名刺は、再就職するために作ったの」
キャロラインは、そう言って笑った。
名刺に会社名がないのは、そのためだと分かった。
「わたしは、カリフォルニア州立大学サクラメント校の学生だけど、帰ったら動画配信会社の非常勤社員で仕事をする予定なのよ」
スーザンは、キャロラインの自己紹介に対して、そう応えた。
「あら、素敵じゃない。それは、どうゆうきっかけで社員になれたの?」
スーザンは、真人の会社のことを概略話した。
真人の会社のことを話していると、共に過ごした温かな時間が甦ってきて、また涙が溢れてきた。
仕事の話をするときの真人の真剣な眼差し、宿題を出して、スーザンに理解させようとする優しさ、そして何度も抱かれたこと、などが思い出され、流れ出る涙を抑えられなくなった。
「その人と、スイスで別れたのね?」
キャロラインは、スーザンの涙から、そのわけを知った。
「その会社のこと、とても興味のあるお話だわ」
キャロラインは、スーザンの気持ちが落ち着くのを待つかのように、顔を覗き込んだ。
失業中で、職探しをしているキャロラインにとっては、見逃せない情報である。
「後で、もっと詳しく知りたいわ。あなたがこれからやるお仕事のこと、もっと話してくれる?」
スーザンは、涙を拭いながら頷くのがやっとである。
話の続きをしようとすると、真人の顔が浮かんできて、言葉がつながらなくなる。
スーザンは、両手で顔を覆うようにして、気持ちが鎮まるのを待った。
(真人が乗った電車は、もうベルン近くまで行っただろうか、・・・)
そう考えると、スーザンの瞼に浮かんできたのは、真人と歩いたベルン旧市街の街並みである。
そのときの真人の優しい言葉が思い出され、スーザンはまた目頭を熱くした。
posted by シーサン at 14:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする