2009年07月05日

186.スーザンへの思い

真人は、スーザンが搭乗した飛行機が離陸し、空路サンフランシスコへ向けて無事飛び立ったことを確認すると、空港を後にした。
チューリッヒ行きの特急電車に乗ると、真人は空港でのスーザンと交わした会話を思い浮かべた。
サンフランシスコまでは8時間、空港の駐車場に車を置いてきたから、車でサクラメントの自宅まで帰ると言っていた。
空港から自宅までは、車で4時間くらいかかるらしいから、家に着くのは22時頃になる。
スーザンは、ホテル風呂に入るといつも歌を口ずさんでいたから、車を運転中もCDに耳を傾けながら歌を唄うのかもしれないと、真人はそんなスーザンの面影を思い描いた。

真人は、スーザンとの出会いがあったウィーンでの初対面の時を思い出した。
スーザンは、真人の問いかけに「失恋癒しの旅に出てきた」のだと言って、屈託無く笑ったときの笑顔が、強く印象に残っている。
スーザンの旅先を決めた父親から、
「ポーランドのアウシュビッツを見て頭を冷やして来い」と言われたという、スーザンの言葉から、父親の発想が真人には即座に飲み込めなかった。
しかし、「たかが失恋くらいで大騒ぎするような、甘っちょろい考え」では、スーザンの将来が心配になったのであろう。
自立心を養うには、頭の切り替えが必要だと感じた、父親の気持ちは、真人に少しずつ分かってきた。

ポーランド、オーストリア、スイスを旅しながら、戦争と平和について考えることが、スーザンの長い人生の大事なターニングポイントになると感じたからだ。
スーザンの父は、時代の変化を体感し、歴史も文化も、伝統も違うヨーロッパから、何かを学んで来いと言いたかったのであろう。
真人はそう感じた。
ヨーロッパの人たちには、理性だけでは説明しきれない、苦渋に満ちた国家間の戦争に明け暮れてきた歴史がある。
アメリカ人には、そのような挫折の経験がない。
金融危機を招いたアメリカは、ある意味で資本主義社会見直しの時期を迎えたのかもしれないと、感じたとしてもおかしくない。
コンサルティングファームでさまざまな会社を見てきた父は、世界の資本主義体制が、アメリカ一極集中から多極化へ向うのではないかと、感じているのかもしれない。
この時代の変わり目を、スーザンに身をもって体験させる旅にしたかったと考えられないこともない。
真人はそのようにも感じている。
そのような父と、NPO団体を仕切る母と、話をするのが楽しみなのだ。
スーザンの両親と話しをすれば、親の子どもに対する考え方も分かるであろう。
真人は、そのことも大切な体験になると考えている。
ドイツのゲルハルト家では、息子と娘が家を離れていった寂しさを聞いた。
しかし、それは二人の子どもが立派に成長し自立したことの証明ではないか。
大切なことは、そこに至るまでの過程である。
早くに両親を亡くした真人は、異なる国の人達の考え方や、生き方を学び、これからの人生に役立てたいと思っている。

真人は、スーザンとアメリカ人の考え方や生き方について、議論したことがある。
アメリカ人は議論好きだ。
真人の考え方に、スーザンが必ずしも同調したわけではないけど、一定の理解はしたようである。
それが、真人を受け入れる一つの要因になったのかもしれない。
そのように思いながら真人は、サンフランシスコへ向う機内で、スーザンはどんなことに思い巡らしているのだろうかと考え、スーザンの顔を思い浮かべた。
posted by シーサン at 11:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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