機が空港を飛び立つと、スーザンは眼下に広がるスイスの街並みを見詰めた。
山に囲まれたジュネーブの町が、レマン湖が、次第に遠ざかって行く。
真人と過ごした街や山が、スーザンの涙を誘った。
スーザンは、次第に小さくなっていくスイスの町を見下ろしながら、真人が乗った電車の姿が見えないか、夢中で探した。
しかし、スイスの山や街は、薄い雲の下に隠れてしまった。
そして、飛行機はやがてスイスを離れ、フランスの上空に差し掛かっている。
止めどもなく流れる涙を拭いながらスーザンは、何時の日にか再びこの地を訪れたいと思った。
真人と一緒にまたスイスの山を歩きたいと思った。
「如何されました、大丈夫ですか?」
泣き続けるスーザンを、隣席の女性が慰めるように声をかけてきた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「サンフランシスコへ行かれるのですか、それともお帰りになるのですか?」
「サクラメントへ帰るところです」
「あら、わたしもサクラメントへ帰るところなのよ」
「まあ、そうですか、偶然ですね」
休暇を友人の住むスイスで過ごし、帰るところだというその女性は、建設会社に勤務する25歳のビジネスウーマンである。
名刺を貰ったスーザンは、キャスリーンと直ぐ親しくなった。
それから、二人は話が弾み、スーザンはいつもの陽気さを取り戻していた。
「わたし、今度のサブプライム問題が起きた影響を受けて、失業中なのよ。だから再就職活動も大事だけど、気分転換に旅行を楽しんできたの。その名刺は、再就職するために作ったの」
キャスリーンは、そう言って笑った。
名刺に会社名がないのは、そのためだと分かった。
「わたしは、カリフォルニア州立大学サクラメント校の学生だけど、帰ったら動画配信会社の非常勤社員で仕事をする予定なのよ」
スーザンは、キャスリーンの自己紹介に対して、そう応えた。
「あら、素敵じゃない。それは、どうゆうきっかけで社員になれたの?」
スーザンは、真人の会社のことを概略話した。
真人の会社のことを話していると、共に過ごした温かな時間が甦ってきて、また涙が溢れてきた。
仕事の話をするときの真人の真剣な眼差し、宿題を出して、スーザンに理解させようとする優しさ、そして何度も抱かれたこと、などが思い出され、流れ出る涙を抑えられなくなった。
「その人と、スイスで別れたのね?」
キャスリーンは、スーザンの涙から、そのわけを知った。
「その会社のこと、とても興味のあるお話だわ」
キャスリーンは、スーザンの気持ちが落ち着くのを待つかのように、顔を覗き込んだ。
失業中で、職探しをしているキャスリーンにとっては、見逃せない情報である。
「後で、もっと詳しく知りたいわ。あなたがこれからやるお仕事のこと、もっと話してくれる?」
スーザンは、涙を拭いながら頷くのがやっとである。
話の続きをしようとすると、真人の顔が浮かんできて、言葉がつながらなくなる。
スーザンは、両手で顔を覆うようにして、気持ちが鎮まるのを待った。
(真人が乗った電車は、もうベルン近くまで行っただろうか、・・・)
そう考えると、スーザンの瞼に浮かんできたのは、真人と歩いたベルン旧市街の街並みである。
そのときの真人の優しい言葉が思い出され、スーザンはまた目頭を熱くした。

